2026.10.30

【後編】民間伝承と地図とセキュリティ
―SecHack365 思索駆動コースを経て―

研究紹介 学生の活動
#学生提供記事

情報学部2年 濱本遙香

前編では、SecHack365とはどのような場所なのか、そして私が「なんか面白そう!」という気持ちで参加を決意するまでについて紹介しました。ここからは、いよいよ実際にSecHack365へ参加してからのお話です。

イベント回で鍛えられたこと

SecHack365には、5回ほど現地で参加するイベント回がありました。

イベントでは、どのような作品を作るのか、前回の取り組みからどこまで進んだのかを発表します。最初は「ああ、セキュリティのセの字も知らんぞ」とビビり散らしながら参加しました。ところが、イベント回で出会った人たちはみんな優しく、分からないと素直に言えば、嬉々として教えようとしてくれる人たちばかりで、暖かい空間でした。対面の一般講義では、セキュリティの現場で実際に働く人の講演に加え、法律と倫理、習慣化など、技術の講義ではないけれど大事な視点を学びました。

そして、イベント回の真骨頂といえば、やはり自分の作品を展示して、発表することです。最初の頃は、そもそも何を作りたいのかすら、はっきり決まっていませんでした。もちろん、「これがやりたい!」という思いはある。でも、それをどう説明すればいいのか分からない。何を伝えたいのか、自分でも整理できていない。そんな状態で、ポスターの前に立っていました。
それでも、分からないなりに自分の考えていることを説明してみる。そして、人前でプレゼンしてみる。すると、「ここは分かりにくい」「こうしたほうが伝わるのでは?」と、いろいろな意見をもらえます。そこで初めて、自分では気づいていなかった問題に気づくこともありました。

私がイベント回で一番ありがたかったと思っているのは、一度失敗しても、それで終わりにならないことです。

うまく説明できなかった。質問に答えられなかった。作品が思ったように伝わらなかった。それでも、「じゃあ次の回で直してみよう」と思える。そして、実際にもう一度試すことができる。

失敗を一度で終わらせず、試して、失敗して、直して、また試す。このサイクルを何度も経験できたことは、SecHack365に参加して得られた大きな学びの一つでした。

SecHack365の製作物

では、実際に私がSecHack365で何を作ったのか。

私が開発したのは、日本各地の民間伝承を地図上で検索・閲覧・投稿できる「Folklore Map」です。ここでいう民間伝承とは、古くから人々の間で伝えられてきた習俗やことわざ、口碑、伝説、歌謡、舞踊、昔話など、さまざまな文化的な記憶を指します。

……と説明すると、少し難しく聞こえるかもしれません。もっとざっくり言えば、「大島てるさんの事故物件サイト」の民間伝承版と考えてもらうと、イメージしやすいかもしれません。そう、何もセキュリティのハッカソンで作るような作品には見えませんよね。私自身もさすがに不安になって、「これ、本当に大丈夫ですか?」と先輩やトレーナーの先生に聞いたことがあります。

でも、返ってきたのは、「いけるいける」「全然大丈夫」「好きなものを作ればいいから」という暖かい言葉。その言葉に背中を押されて、「もういいや!作りたいものを作るぞ!」となりました。

Folklore Mapでは、地図上の地点を選ぶと、その場所にまつわる伝承の内容や場所、時代、分類、出典などを確認できます。また、都道府県や時代、物語に登場する動物などを条件にして、気になる伝承を絞り込む検索機能も実装しました。

ただ、私がこのプロジェクトで一番こだわったのは、伝承を地図上に並べることだけではありません。伝承そのものだけでなく、その物語が生まれた場所にも目を向けてほしい。そんな思いから、Folklore Mapでは、現代の地図に古地図を重ねて表示できるようにしました。現代の地図だけを見ることもできますし、古地図を半透明にして比較することもできます。もちろん、古地図だけを表示したり、透明度を調整したりすることもできます。

では、なぜ、わざわざ古地図を重ねるのか。それは、伝承を「物語」だけで終わらせたくなかったからです。今ではなくなってしまった川や湿地、変わってしまった地名など、現代の地図だけでは分からない土地の姿があります。そこに古地図を重ねることで、「この伝承が生まれた場所は、昔はどんな土地だったんだろう?」と考えることができます。伝承を読むだけではなく、その物語が生まれた土地が、昔から現在までどのように変化してきたのか。そこまで含めて見てもらいたい。そんな思いから、この機能を作りました。

私がめざしているのは、単に怪談だけを集めた「怖い話マップ」ではありません。その土地にどんな歴史があり、どんな文化があり、なぜそのような伝承が生まれたのか。そうした背景を、出典とともに調べ、参照できる情報基盤を作ることです。

「怖い話だから見る」のも、もちろんいい。でも、そこから一歩進んで、「なぜ、この場所にこの話が残っているんだろう?」と考えてもらえたら。 それが、私の作ったFolklore Mapがめざしているところです。

作れば使ってもらえるという思い込み

開発を進めて最も大きく変わったのは、機能に対する考え方でした。

検索や投稿の仕組みを用意すれば、面白い伝承が自然に集まると思っていました。しかし、実際にはユーザーからの投稿がほとんど増えませんでした。投稿ボタンがあっても、投稿する理由までは生まれません。調べる手間をかけてまで、なぜ自分が情報を残すのか。その情報を誰が読み、どのように使うのか。そこまで設計できていなかったのです。

SecHack365で発表と議論を重ねるたびに、作品の説明は「何を実装したか」から「誰の、どんな行動を変えたいのか」へ移っていきました。技術的な完成度を上げるだけでは、サービスは育ちません。気軽に投稿できること、投稿した人が反応を得られること、地域の中で使う理由があること。コードの外側にある参加の動機やコミュニティまで考える必要があると気づきました。

思索駆動コースで教わったこと

思索駆動コースでは、作る前にも、作り始めてからも、とにかく考えます。

「なぜ作るのか」「誰に使ってほしいのか」「その情報によって傷つく人はいないか」と問い直すうちに、自分が曖昧なままにしていた部分が見えてきました。トレーナーや参加者との議論は、作品を止めるための指摘ではなく、もう一段深く考えるための材料になりました。

分からないから調べる。気になるから作ってみる。うまくいかなかったら、また考える。そして、誰かに「それ、面白いね」と言ってもらえたら、もう少し先まで行ってみる。そんな一年間でした。

もしこの記事を読んで、SecHack365に少しでも興味を持った人がいるなら、最初から立派な答えを用意する必要はないと思います。「なんか、これが気になる」その小さな違和感や好奇心からでも、十分に始められます。

私にとってSecHack365は、何か一つの答えを見つける場所ではありませんでした。自分の「気になる」を、簡単に手放さずに考え続ける場所。そして、その問いを誰かと共有しながら、自分なりの答えを少しずつ作っていく場所でした。
一年間、作って、壊して、悩んで、また作って。その先に残ったのは、完成した一つの作品だけではありません。
これからも「気になる」を追いかけていきたい、そう思える自分自身でした。

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