「情報学」と聞くと、パソコンに向かってプログラムを書く姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。
けれど、情報学の学びが活躍する場所は、パソコンの前だけではありません。
2026年8月、福知山公立大学の学生たちが向かったのは、京都府舞鶴市の沖合に浮かぶ冠島。吉田誠先生とともに、大学院生の宮川拓真さんと情報学部3年生の大野凌仁さんが、3泊4日の調査に参加しました。
宮川さんが取り組むのは、ドローンで撮影した画像などを使った植物の研究。大野さんが関わるのは、GPSを使ってオオミズナギドリの行動を調べる研究です。
鳥と植物。一見まったく違うテーマですが、現地でデータを集め、情報技術を使って「まだ分かっていないこと」を明らかにしていく点は共通しています。
無人島での研究とは、どんなものなのでしょうか。2人の学生と吉田先生に聞きました。
「研究のために無人島へ」。でも、最初から慣れていたわけではない
まず、3泊4日の冠島調査。実際に行ってみてどうでしたか?
大野さん:
やっぱり体力面ですね。運動していない身からすると、ちょっと限界を感じることもありました。1、2年生の時はフィールドワークを全然やっていなかったので。
大野さんが本格的な野外調査に関わるようになったのは、3年生になって研究室に所属してから。大学に入った時から、無人島で鳥を追いかけていたわけではありません。
宮川さんは、もともと木に詳しかったのですか?
宮川さん:
本当に初心者です。学部時代はソフトウェアの方ばかりでした。もともと植物の研究には興味があって、学部4年生の時に倉本先生に紹介していただいて、大学院から植物系の研究を進めるようになりました。
ドローンも今回の研究をきっかけに使い始めました。最初は大学のグラウンドで飛ばす練習をしました。
「入学前から専門家だった人が、さらに専門的な研究をしている」のではありません。
興味を持つ。先生に相談する。必要になった技術を覚える。そして、実際の研究現場に出てみる。
2人の話からは、そんなふうに少しずつ研究の世界に入っていく姿が見えてきます。
31羽のGPSから、「鳥がいない時間」を調べる
大野さんが今回、特に学びたかったのが、オオミズナギドリにGPSの記録装置を取り付ける「バイオロギング」の調査です。
バイオロギングとは、生き物に小型の機器を取り付け、その移動や行動を記録する研究手法のこと。
島に戻ってきた鳥を見ることはできても、「島を離れている間にどこへ行っているのか」は、目で追いかけることができません。そこでGPSの出番です。
今回の調査では、調査チームが31羽に装置を取り付けました。
吉田先生、この調査で一番知りたいことは何ですか?
吉田先生:
冠島の鳥が、どこまで飛んでいって、どの辺りを飛び回っているのか。どの海域に長い時間とどまっているのか。まずはそこを知りたいですね。
ほかの地域では研究されていますが、日本海側、特に西日本側では十分に調査されていません。冠島では標識調査は長年行われていますが、GPSを使った調査はほとんど行われていないので、まずデータを取ってみようというところです。
GPSの記録は鳥の背中に取り付けた「データロガー」に蓄積されます。そして鳥が冠島へ戻り、島に設置した中継機「ハブ」に近づくと、記録が無線で転送され、さらに携帯電話の通信回線を通じて研究者の手元へ届きます。
つまり研究室に戻った後にも、鳥たちからデータが届くのです。
ほかの繁殖地での研究では、ひなに餌を届けるための短い外出と、親鳥自身が栄養を蓄えるための数日間にわたる長い外出を使い分けることが分かっています。ただ、冠島の鳥も同じ行動をするとは限りません。
「ほかで分かっているから、きっとここも同じ」ではなく、本当にそうなのかをデータで確かめる。それが研究です。
「自分も次は付けてみたい」。見る側から、研究する側へ
今回、GPSを実際に取り付ける作業は、名古屋大学などから参加した経験のある研究者が中心となって行いました。
大野さんは、その作業をすぐそばで見ながら手順を学びます。調査の終盤には、専門家に付き添ってもらい、ダミーの装置を使って鳥の背中に取り付ける練習もしました。
実際に練習してみると、どうでしたか?
大野さん:
難しかったですね。足環を付けるのとは全然違います。まだまだです。
でも、今回は「GPSを付けてデータを取る」という目的があって、そのための作業を見られたことが印象に残っています。自分も今度は付けたい、学びたいという気持ちがあります。
GPSは鳥の背中に、リュックサックを背負うような形で装着します。締めすぎれば鳥の負担になり、緩すぎればずれてしまいます。翼の動きを邪魔しないよう羽毛の下にひもを通し、適切な状態に調整する必要があります。
装置の扱い方だけではありません。
大野さんが今回学んだこととして挙げたのは、作業中に気を配ること、役割分担、そして周囲を見ながら動くことでした。
今回の経験は、これからの研究にも生きそうですか?
大野さん:
ロガーを付ける手順とか、気を使わないといけないところ、役割分担、周りを見ないといけないこととか。調査に行く時に生きることは多かったと思います。
実際に行ってみると、研究の「現実味が増す」という感じがあります。
研究というものが、授業や本の向こう側にあるものから、「自分がこれから取り組むもの」に変わり始めた4日間だったのかもしれません。
空から森を撮れば、木の種類まで分かる?
実際には、どのように調べているのですか?
宮川さん:
空撮した写真と、木の幹のところで取ったGPSの位置情報をリンクさせます。
画像をつなぎ合わせた後にGPSの位置を重ねて、「この木はここから生えているな」と確認していく形です。
でも森の中だとGPSの位置が少しぶれるので、そこは課題ですね。
木の上部に広がる枝や葉のまとまりを「樹冠」と呼びます。
ところが、木はすべて真上に伸びているわけではありません。斜めに伸びていれば、地面から幹が生えている位置と、上空から見える樹冠の位置はずれます。
空から見た画像と、地上で一本一本確かめた記録を対応させ、コンピューターに学習させるためのデータをつくる。宮川さんは今後、そのデータを使って航空写真から木の種類を識別できるか試し、ソフトウェアとして形にしていく予定です。
現地に行ったから見えた、「同じ島なのに違う森」
宮川さんが印象に残ったと話すのが、島の場所によって植物の様子が大きく違っていたことです。
実際に歩いてみて、気付いたことはありましたか?
宮川さん:
結構、島のエリアによって生えている木が違ったのが印象的でした。
私がドローンで撮影したエリアは低木寄りの木が中心だったんですけど、夜に鳥の調査をするエリアでは、逆にタブノキ(高木)が中心だったりして。本当に場所によって植生が違うんだなと感じました。
画像だけを見ていたのでは気付かなかった違いを、実際に歩くことで知る。
その「現場での気付き」を持ち帰り、今度はデータや画像を使って確かめる。この往復も、フィールドと情報学を組み合わせた研究の面白さです。
他大学の学生とも「研究仲間」に
冠島では、本学のメンバーだけで調査していたわけではありません。
宮川さんは京都大学の学生による植物調査にも同行し、葉や土壌の採取などを手伝いました。一方、宮川さん自身の樹木調査も手伝ってもらいました。
吉田先生が事前に相手の指導教員と相談し、お互いの研究を協力して進められるよう調整したものです。
ほぼ初対面の学生と一緒に調査するのは、難しくなかったですか?
宮川さん:
そうでもなかったですね。研究の話も結構できましたし、研究のやり方や、今後どう進めていくのかも聞けたので、有意義でした。
同じテーマを研究している人だけが、研究仲間になるわけではありません。
違う大学、違うテーマの学生と同じフィールドで作業し、お互いの方法を知る。そんな出会いも、大学の外に出ることで生まれます。
また、宮川さんは学内でも倉本先生と吉田先生、複数の教員からアドバイスを受けながら研究を進めています。吉田先生は、情報学には幅広い専門分野があり、さまざまな人に話を聞きながら研究を進められることを良さの一つとして挙げています。
朝5時から森へ。夜は鳥の調査へ
では、無人島での3泊4日は、どんな毎日だったのでしょう。
宮川さんは朝5時頃に起き、京都大学の学生と植物調査へ。朝食後は、自分のドローン調査の場所を探したり、調査範囲を決めたりして過ごします。そして夜には、鳥の調査にも参加しました。
「本当にずっと一日動き回っている感じだった」と振り返ります。
一方、大野さんが中心的に活動するのは夕方から夜。オオミズナギドリの調査後、GPS装着の作業を見学していると、終了は夜遅くになります。
同じテントだった宮川さんとは、生活時間も違った?
大野さん:
そうですね。自分がテントに戻る頃には宮川さんはもう寝ていたので、気を付けながら戻っていました。
同じ島、同じテントで過ごしていても、研究テーマによって一日のリズムはまるで違います。
研究生活で分かった「ブロッコリーのおいしさ」
食事はそれぞれが持参。カップ麺やレトルト食品、パスタなど、保存しやすいものが中心です。
パスタをゆでても、普段のようにざるで湯切りはしません。箸で麺を取り出し、残った湯に水を足して、次の分をゆでます。
そんな島での食生活で、思わぬ人気者になったのが野菜でした。
島で一番おいしかったものは?
宮川さん:
野菜類ですね。ブドウとかトマトとかブロッコリーとか。
乾麺ばかりになるので、そういう中で食べると野菜の甘さを感じられて、おいしかったです。
大野さんたちの取材でも話題に上がったのが冷凍ブロッコリー。
普段なら主役になることは少ないかもしれない食材が、無人島では「間違いなくブロッコリー」と名前が挙がるほど存在感を放ちました。
こうした何気ないエピソードからも、研究室の中だけでは経験できない3泊4日の姿が伝わってきます。
島から帰ったら、今度はデータと向き合う
冠島を離れれば研究終了…..ではありません。
むしろ、現地で集めた記録を持ち帰ってからが、研究の次のステージです。
大野さんたちがGPSを取り付けた鳥からは、9月17日の取材時点でも少しずつデータが届いていました。吉田先生は、一羽ずつの移動を確認し、それらを重ね合わせながら、どんな傾向があるのかを分析していくと話します。
大野さんもすでに研究メンバーの一人。今後は調査を手伝うだけでなく、大学院進学も視野に、データを研究成果へつなげていくことが期待されています。吉田先生は、学会に足を運び、さまざまな研究に触れる機会もつくっています。
宮川さんも、冠島で撮影した画像を整理し、GPS情報と対応させて学習データを作成。画像認識による植物種の識別や、それを行うソフトウェアの開発を進めます。
「何を研究するか」も、自分で考える
吉田先生は、学生の研究を指導するうえで、どんなことを大切にしていますか?
吉田先生:
何も示さずに「考えて」と言っても大変なので、ある程度の筋道は示します。
でも、僕は「これをやれ」と言う側ではないですね。話し合いながらやっていく方が、回り回って楽しいと思いますし、身になると思っています。
「鳥が好きだから、もっと知りたい」
「植物を研究してみたい」
そんな興味から始まり、必要な技術を覚え、実際のフィールドへ出て、自分の目で課題を見つける。そして大学へ戻り、データを分析し、次に何を確かめるかを考える。
情報学は、コンピューターの中だけで完結する学問ではありません。
GPSで鳥を追うことも、ドローンで森を見ることも、その先でデータを読み解き、まだ知られていないことを明らかにしていくための方法です。
冠島での4日間を経て、大野さんは研究について「実際に行ってみると現実味が増す」と話しました。
高校生の皆さんが今、「大学で何を研究したいかなんて、まだ分からない」と思っていても、それは決して珍しいことではありません。
大学に入り、人や研究に出会ったことで、これまで知らなかったものが自分のテーマになることがあります。
宮川さんと大野さんの研究も、まだ途中です。
次に冠島へ行った時、どんなデータが集まり、2人は何を見つけるのでしょうか。
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