私たちが日々「当然」として受け入れている常識やルール。しかし、その「当たり前」を一歩引いて見つめ直したとき、そこには全く新しい世界や問いが広がっています。
今回は、西洋中世スコラ哲学の専門家であり、福知山公立大学の舵を取る川添信介学長にお話を伺いました。少年時代の素朴な疑問から、哲学との出会い、そして大学教育で伝えたい「問いを立てる力」まで。学長の思想の原点と、変化の激しい現代社会を生きる学生たちへ贈るメッセージを語っていただきました。

川添学長はトマス・アクィナスを中心とする西洋中世スコラ哲学を専門とされていますが、そうした哲学の世界に関心を持たれた原点はどこにあったのでしょうか?
川添学長:実は哲学への芽生えのようなものは、幼少期の本当に何気ない日常の中にありました。当時住んでいた家の向かいに銭湯があって、二階の窓から銭湯のおばちゃんの姿をぼんやり眺めていたんです。そのとき、ふと「おばちゃんが見ている世界と、自分が見ている世界は、本当に同じなのだろうか」と感じたんですね。
もちろん当時は、それが哲学につながる問いだという自覚はありませんでした。けれど、哲学を学び、研究を続けてきた今振り返ってみると、「他人と自分は本当に分かり合えるのか」「自分とは何者なのか」という根源的は問いの原点は、あの日の素朴な疑問にあったではないかと思います。
幼少期の素朴な疑問が、どのようにして大学での本格的な哲学研究へとつながっていったのですか?
川添学長:京都大学文学部に進学した頃は、歴史学や社会学、心理学など、本当にさまざまな分野に触れていました。その中で出会ったのが、17世紀フランスの哲学者、ルネ・デカルトの思想でした。デカルトを読んだとき、「哲学というのはこんなにも奥深いものなのか」と初めて強い衝撃を受けたことを覚えています。
大学での講義や教員との出会いを通して理解が深まるにつれ、自分が昔から惹かれていたものはまさにこうした「哲学的な問い」なのだと気づいたんですね。そこから次第に哲学の世界へ引き込まれ、最終的には中世哲学、とりわけトマス・アクィナスを専門として研究を続けることになりました。
人は最初から、自分が本当に興味を持っていることを完全に理解しているわけではありません。いろいろなものに触れる中で、「自分はこれに関心があったんだ」と自身の内面を発見していくものなのだと感じています。
学長が考える「哲学」とは何ですか?
川添学長:一言で言えば、哲学とは「当たり前」と思っていることを、一度立ち止まって考えてみる学問です。たとえば、「約束はなぜ守らなければならないのか」「なぜ人に迷惑をかけてはいけないのか」。こうした問いは、普段なら当然のこととして見過ごしていますよね。でも、「なぜ?」と理由を改めて説明しようとすると、意外と難しいものです。
そうした日常の「常識」を一度問い直し、自分自身の頭で考え抜くことが哲学の出発点です。私たちは知らず知らずのうちに、さまざまな先入観や思い込みといった「色眼鏡」を通して物事を見ています。哲学を学ぶ意味は、そうした「色眼鏡」を外し、自分自身の視点で物事を見つめ直す力を養うことにあると思っています。
「当たり前を疑い、自分の頭で考える力」は、本学がめざす教育や地域での取り組みに、どのようにつながっているのでしょうか?
川添学長:本学がめざしている教育や地域貢献のあり方とも、非常に深い部分で結びついています。
社会にイノベーションを起こしたり、大学として地域に貢献したりするためには、今あるものを守るだけではなく、「これまで通り」や「当然」とされてきた枠組みを一度打ち破り、新しい価値を創り出していくことも必要です。そのために欠かせないのが、「自ら課題を見つけて問いを立て、考え抜く力」です。
学生たちには、大学生活での幅広い学びや多様な価値観との出会いを通して自分自身の考えを掘り下げ、やがて地域や社会の未来を自分たちの手で切り拓いていく力を身につけてほしいと願っています。
最後に、これからの可能性に向かって挑戦する学生たちへ、メッセージをお願いします。
川添学長:少しくらい常識から外れてもいい。失敗を恐れずに何度でも挑戦できる”今”という時間を、ぜひ大事にしてほしいです。
「当たり前」を問い直すというのは、ただ疑問を持つことだけではありません。「本当にそうなのだろうか」と考え抜いた先には、「では、自分はどう行動するのか」という主体的で具体的な選択が待っています。これまでの常識とは違う考え方に出会ったとき、最初は戸惑うかもしれません。新しいことに挑戦すれば、思い通りにいかず失敗することもあるでしょう。
それでも、失敗や迷いを繰り返しながら、自分の頭で考えて、次の一歩を踏み出していく。その試行錯誤の積み重ねこそが、確固たる自分自身の考えを形づくり、やがて社会に新しい価値を生み出す力になっていくのだと思います。そして何より、そうした失敗を恐れない挑戦ができることこそが、学生時代というかけがえのない期間の特権なのです。
問いの先に待っている自分なりの選択を、自信を持って重ねていってください。
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